法律家の休暇4
小川健吾
2025年11月25日
或スナック弁護士の覚書(4)- かつて福富町にあった某スナックをとりあげます。
- 婚姻届の提出を前日に控えた私は、深夜に仕事を終えました。
- 独身最後の夜です(その後の不確定要素も考慮して表現するなら、「未婚最後の夜」とでも言いましょうか。)。
- そのまま帰宅するには、少し物足りない気もしました。
- 豪傑であれば、豪遊して武勇伝を書き加えるべき状況でしょうか。
- また、伊達男であれば、オーセンティックバーで自らの心境を形容するカクテルのグラスを傾けるべき状況でしょうか。
- 凡庸な私の頭に去来したことは、以下のとおりです。
- 「明日も仕事だし、軽くスナックでも行くか。」
- 私は、福富町にある某スナックに電話をかけました(このスナックを選んだことには理由があるのですが、本稿では措きます。)。
- 舞台女優もしている気丈なママのスナックです。
- 「おー、おがちゃん! お客さんいないから閉めようと思ってたよ!」
- 店に着いた私は、いつものように取り留めもない世話話をしていました。
- その後、話が一段落したところで、私は、今日が未婚最後の夜であることを伝えました。
- 普段の流れであれば、ここからKISS ME(氷室京介)あたりのカラオケがはじまるところです。
- しかし、この日は、お客さんがいなかったこともあり、話は自然とママの人生に及び、展開していきました。
- いつもとは異なる情景でした。
- 三島由紀夫は、川端康成の作品には、「経(たていと)」と「緯(よこいと)」の二つの糸があると述べました 1。
- 経は、緯に比して、抒情的でもあるし、華麗でもある。
- ・・大胆な構図もあれば、色彩も放胆である。
- ・・・そこで、われわれが興味を持つのは、主として緯のはうである。
- 経の名作「雪国」や「千羽鶴」が、批評家の絶賛を得たのは、主としてその中に含まれた緯の要素のためであったと謂つてもよいのである。
- 緯は、経に比して、暗く、望みがなく、寂寥をきはめてゐる。
- 見慣れた快活な情景=経(たていと)の中に刹那的に顔を出す、寂寥を極めた情景=緯(よこいと)が優艶な演出になることは、スナックでも同じなのかもしれません。
- その後も、時は穏やかに流れていきました。
- かすかに流れるエルヴィス・プレスリーの It hurts me を背景に。
- ^「経と緯」『決定版 三島由紀夫全集28』54~55頁(新潮社、平成15年)
