M&Fパートナーズ法律事務所

賃借物件の明渡しと立退料の相場??(3)

2025年3月1日

第3.裁判の傾向(判例タイムズ2025年1月号38頁以降の記事による)
  • 1.事業用建物
    • バブル期(平成初期)においては借家権価格のみを立退料とする裁判例が多かったものの、令和以後の裁判例ではそのような例は1例だけのようです(東京地判R2.3.12)。むしろ、最近は、①移転費用実費及び②営業損失補償を積算するだけの裁判例が多く、加えて借家権を取引慣行がある場合には③借家権価格を付加している傾向にあるようです(借家権価格を付加する場合には不動産鑑定士による鑑定書又は意見書が証拠として提出されていることが多いようです。)。
    • 幾つかの例をあげておきます。
      • 【東京地裁H28.3.18・輸入品小売業3000万円】①借家人補償に準じて求めた価格(家賃差額補償及び一時金補償),②工作物補償,③営業休止補償(休業期間中の収益減補償,固定的経費の補償,従業員休業手当補償,得意先喪失に伴う損失補償,店舗等移転に伴うその他費用の補償,移転先の内装工事等の期間に係る家賃補償),④その他補償(動産移転費用,移転先選定費用,法令上の手続に要する費用,移転旅費)
      • 【東京地裁R4.1.19・まつげサロン3000万円】賃料差額(2年)、営業補償等、得意先喪失補償、営業休止補償、固定的経費補償、従業員給与補償、動産移転補償、工作物補償(内装工事費の約7割)、移転雑費(移転通知案内カード作成・発送費用,ホームページ改修・名刺作成費用等)
      • 【東京地裁R5.3.23・喫茶店1940万円】引越費用、造作補償、のほか借家権の取引慣行があるものと認めて1610万円の借家権価格(控除方式、割合法、賃料差額還元法による)を付加した。
  • 2.居住用建物
    • 居住用建物については、②営業損失補償はありませんし、③借家権価格が考慮されている裁判例はないようです。つまり、①引越費用その他の移転実費、一定期間内(1~2年間)の賃料差額、が立退料算定のスタンダードといえます。
    • ただし、そもそも居住用建物については「賃借人」が建物の使用を必要とする事情が強いため、立退料のいかんにかかわらず明渡しが認められない裁判例も多くあります(東京地判R5.2.22、R4.3.28、R4.2.1、R3.5.11、R2.3.13)。他方で、居住用建物について明渡しが認められた東京地裁の裁判例をあげておきますが、こうしてみると必ずしも上記スタンダードに依拠しているものではなく、裁判所が双方の意向を踏まえた落としどころとして立退料の額を決めているとも言えそうです。
      • (1)R1.7.9
        • 月賃料5万円 賃貸期間60年 立退料200万円(賃貸人から金150万円の申出)
        • 貸主が営業上使用する必要があり、借主に生活の本拠が別にある。
      • (2)R1.10.28 月賃料3.5万円 賃貸期間2年 立退料80万円(賃貸人から金80万円の申出) 築50年の耐震強度不十分で最後に残った賃借人、借主に居住の必要はある。
      • (3)R1.11.18 月賃料3.5万円 賃貸期間15年 立退料42万円(賃料1年分)
      • 築70年の耐震強度不十分、借主は高齢で居住の必要はある。
      • (4)R2.1.20 月賃料9.5万円 賃貸期間30年 立退料228万円(賃料2年分)
      • 築60年の既存不適格木造家屋、借主に居住の必要はある。
      • (5)R2.2.18 月賃料4.8万円 賃貸期間10年 立退料100万円(建物評価額116万円) 築45年の耐震性に問題があり最後に残った賃借人、借主に居住の必要はある。
      • (6)R3.3.26 月賃料18.9万円 賃貸期間10年 立退料1,448,200円(移転実費と差額賃料) 賃貸人の高齢の両親を居住させる必要がある、借主に居住の必要はあるが代替物件も複数ある。
      • (7)R3.7.12 月賃料6.6万円 賃貸期間50年 立退料100万円(建物評価額や賃料15か月分) 耐震性に問題あり補強工事に経済合理性がない、借主に居住の必要はあるが代替物件も複数ある。
      • (8)R3.12.24 月賃料4.5万円 賃貸期間30年 立退料27万円(賃料6か月分) 築50年倒壊が懸念され最後に残った賃借人、借主に居住の必要はある。
      • (9)R3.12.24 月賃料6万円 賃貸期間20年 立退料250万円(賃貸人から金150万円の申出) 築48年耐震性に問題があり最後に残った賃借人、借主に居住の必要はあるが転居に障害はない。
  • 3.増減額要素
    • 判タ記事によれば、おおよそ8割の裁判例は、上記の①移転費用実費・②営業損失補償・場合により③借家権価格、を積算した価格をそのまま立退料として採用しているようです。
    • 残りの裁判例では、「賃貸人が建物の使用を必要とする事情」が強い又は「賃借人が建物の使用を必要とする事情」が弱い(代替物件の取得が困難ではない)事案では減額されており、これは最判昭和46年6月17日において、明渡しによって賃借人の被る損失のすべてを補償するになくてもよいとされていることにも示されています。例えば、東京地判R5.3.23は3分の2に減額、東京地判R4.7.20は2分の1に減額、東京地判R4.8.3は個別項目ごとに減額(①営業損失補償は2分の1、②移転費用実費は全額、③割合法及び賃料差額還元法による借家権価格は3分の2に減額)、しています。
  • 4.専門家の関与
    • 立退料の算定にあたって、不動産鑑定士の意見書等が提出されたり、裁判所の鑑定命令、専門委員(専門家調停委員も含む)の参加、といった不動産鑑定士が関与することがままあります(判タ記事によれば事業用建物の約半数の事案、居住用建物で関与が認められたものはありません)。ただし、①移転実費費用や②営業損失補償だけを争点とするならば必ずしも不動産鑑定士の関与は必須とはいえず、用対連基準への厳密なあてはめが問題となる事案や③借家権価格の算定が必要となる事案、に限って関与を検討すれば良いと思われます。
    • また、不動産鑑定士が、借家権価格の算定だけでなく、建物の使用を必要とする事情から立退料を増減額している例も見受けられるところ、これらは本来裁判官が判断すべき事項であることから、予め不動産鑑定士が関与すべき事項について共通認識を持っておく必要があるでしょう。
    • なお、「真に建替えの必要性が認められる場合(耐震補強工事が物理的には可能であるが経済的には合理的でない場合を含む。)」かどうかを立証するためには、構造計算を得意とする一級建築士の関与も必要となります。当職が受任した事案では、裁判所が専門委員として一級建築士を関与させ、意見を頂きながら進行させた訴訟案件がありました。
以上
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